近年、AI(人工知能)の進化は目まぐるしく、自然言語処理(NLP)や大規模言語モデル(LLM)の開発など、多岐にわたる分野で新技術が続々と登場しています。
これまで、AIの分野ではコンピュータの性能やチップ(半導体)の優位性が非常に重要視されてきました。特に、高性能GPUを提供するNVIDIAは「AIを支える企業の一角」と言われ、世界中の企業や研究機関が同社のGPUを活用してモデルを開発・運用しています。
しかし、ここにきて中国のAI企業「DeepSeek」が注目を集めています。DeepSeekはNVIDIAの営業をほとんど受けずに独自のシステムを構築し、高い性能を実現しているというのです。
果たしてこの噂は本当なのか? そしてDeepSeekはどのようにして高性能なAIモデルを生み出しているのでしょうか?
本記事では、私自身が気になって調べる経過で理解したことや学んだことをまとめました。(間違っている点があったらごめんね)
そのため、初心者の方でも理解できるように、DeepSeekがどんな企業なのか、なぜ半導体が重要なのか、NVIDIAとの関係はどうなっているのかなど、実際の事例を交えながら詳しく解説。
さらに、DeepSeekが公開している大規模言語モデルの技術的な概要や、同社の今後の展望、そして米中の技術競争における位置づけについてもお伝えします。
1. DeepSeekとは?
1-1. 中国発AIベンチャーの背景
DeepSeekは、中国のヘッジファンドHigh-Flyerの出資によって設立されたAI企業です。
設立者のLiang Wenfeng(リャン・ウェンフォン)氏は、もともと金融業界で活躍しており、高度なAI取引アルゴリズムを駆使するヘッジファンド「High-Flyer」を運営していました。
2021年にHigh-Flyerでの取引を完全AI化し、米国の著名ヘッジファンド「Renaissance Technologies」にも匹敵するレベルのAI活用を実現したことで注目を集めます。
DeepSeekはこの金融領域でのノウハウを活かしながら、汎用的なAI技術へと事業を拡大。2023年11月には初のモデル「DeepSeek Coder」を無料公開し、MITライセンスの下で研究者や商業ユーザー問わず利用できるようにしました。
さらに、同年11月29日にはGPT-4に匹敵する性能を持つ「DeepSeek LLM」をリリース。以降、わずか半年後の2024年5月には「DeepSeek-V2」へとアップデートし、中国のAI市場で価格競争を巻き起こすきっかけとなります。
このように、DeepSeekは設立からわずかな期間で急速にAI技術を成長させ、低価格かつ高性能なモデル提供によって「AI界のPinduoduo(中国の格安ECプラットフォーム)」とも呼ばれるようになりました。
また、ByteDanceやTencent、Baidu、Alibabaといった中国のIT大手を巻き込むほどの価格競争を引き起こし、国内外から大きな注目を浴びています。
1-2. 人材戦略とオープンソースへのこだわり
DeepSeekの特徴のひとつは、人材採用における姿勢です。新卒の大学生やAI分野での経験が浅い開発者でも、技術的能力を重視して積極採用しているといわれています。
これは、従来であれば「実務経験豊富な人材こそ最重要」と考えられがちなAI開発企業としては珍しい戦略です。
また、DeepSeekはオープンソースにも力を入れており、無料で公開した「DeepSeek Coder」や、その後のモデル群も多くがオープンソースとして提供されています。
GitHub上でも15のリポジトリ、1200のコミット、50人の貢献者を抱えるなど、コミュニティ主導での開発が活発に行われているのも特徴です。
オープンソースの利点は、多様な開発者の知見を集められることと開発スピードの向上、そしてリソース効率のよい開発が可能になることにあります。
2. AI開発と半導体:なぜGPUが重要なのか?
2-1. 深層学習とGPUの相性
AIの中でも特に大規模言語モデル(LLM)や画像認識などの深層学習(ディープラーニング)では、膨大な数値演算を高速にこなす必要があります。
こうした演算は行列計算が主となるため、多数の演算を同時並行で処理できるGPUが非常に有用です。
一般的に、AIモデルのトレーニング時には大量のデータを繰り返し処理してパラメータを更新していきます。
こうした学習プロセスはCPUよりもGPUのほうが圧倒的に効率的であり、これがNVIDIAのようなGPUメーカーがAIブームとともに脚光を浴びる理由となっています。
2-2. 半導体規制と中国企業の状況
しかし近年、米中の技術競争が激化する中で、アメリカ政府は高性能GPUや先端半導体技術の中国への輸出規制を強化しています。
その代表例が、NVIDIAの最新AI向けGPU「H100」の中国輸出禁止措置です。これにより、中国企業は最新かつ高性能なGPUチップを入手しにくくなり、AI開発に大きな制約が生まれました。
それでも中国のAI企業は、従来よりも多少性能が劣る「H800」や「H20」など、輸出許可が下りる形にカスタマイズされたチップを使わざるを得ない状況です。
しかし、DeepSeekをはじめとする中国のAI企業の中には、限られた計算資源を逆手に取り、より効率的なアルゴリズムやアーキテクチャで高性能を生み出す取り組みを進めているところもあります。
3. DeepSeekのAIモデル:具体的な技術の中身
3-1. DeepSeek-V2の概要
DeepSeekが2024年5月にリリースした「DeepSeek-V2」は、2,360億パラメータを持つ大規模言語モデルです。主な特徴は以下のとおりです。
Feature | Description |
---|---|
パラメータ数 | 2,360億 |
コーディング能力 | 高度なコーディング能力 |
コンテキスト長 | 最大128Kトークン |
API | 費用対効果の高いAPI |
このモデルは、安価で高性能な大規模言語モデルとして評価され、中国市場で急速にシェアを拡大しました。
「AI界のPinduoduo」と呼ばれるゆえんは、性能面だけでなく、価格面での魅力が高いという点にあります。これによって、AI開発への参入障壁が大きく下がり、多くの企業や研究機関がLLMを活用しやすくなったのです。
3-2. DeepSeek-V3の技術的な進化
DeepSeekがさらに注目を浴びるきっかけとなったのが、後継モデル「DeepSeek-V3」です。
V3は6,710億という膨大なパラメータを持ちながらも、Mixture-of-Experts(MoE)アーキテクチャを採用することで、高い効率性と精度を両立しています。モデル全体のパラメータ数は6,710億ですが、一度のトークン予測でアクティブ化されるのは約370億パラメータという仕組みです。
主な技術要素
-
Multi-Head Latent Attention (MLA)
Attention機構において、keyとvalueを低ランクで圧縮することで計算効率を向上。推論時のメモリ使用量を削減し、高速化を実現しています。 -
DeepSeekMoE
MoE(Mixture-of-Experts)の負荷分散をよりきめ細かく制御し、補助損失を必要としない動的バイアス調整を採用。これによりexpert間の負荷をほぼ均一に保ち、計算リソースの無駄を最小化しています。 -
Multi-Token Prediction (MTP)
従来の言語モデルは1ステップごとに1トークンを予測しますが、MTPでは複数のトークンを同時に予測可能にすることで、学習効率を高めています。トレーニングシグナルが増えるため、同じ計算量でもより多くの知識を獲得しやすいのが特長です。
これらの技術的工夫により、DeepSeek-V3は「莫大なリソースがなければ高性能なモデルは作れない」という定説に一石を投じる存在となっています。
限られたGPUチップでも高い性能が出せることを証明し、「少ないリソースでもやり方次第で大規模モデルが作れる」可能性を示した点が大きなインパクトを与えました。
4. DeepSeekは本当にNVIDIAと無縁なのか?
4-1. NVIDIAのH800を活用したトレーニング
DeepSeekがまったくNVIDIAに頼らずAIシステムを構築しているというわけではありません。
実際、DeepSeekはNVIDIA製の「H800」GPUを約2,000個使用し、「DeepSeek-V3」のトレーニングをわずか2ヶ月で完了させたと報告されています。
ここで大切なのは「アメリカ企業のAIプロジェクトに比べて、はるかに少ないチップ数でも同等の性能を引き出している」という点です。
アメリカの大手AI企業はしばしば数万個単位のGPUを投入するケースもあり、リソース量の差は歴然です。
しかしDeepSeekはMoEアーキテクチャや各種の効率化技術を駆使することで、限られた計算資源でも高い性能を実現。その結果として「NVIDIAの営業にはあまり頼らずとも独自にシステムを構築できた」と評されているわけです。
4-2. アメリカ輸出規制がもたらした“副作用”
アメリカ政府によるNVIDIA H100の中国輸出禁止は、一見すると中国のAI開発を抑制するかに思われました。しかし、DeepSeekなどの企業は、新たな道を模索せざるを得なくなったことで、より効率的な手法を開発し、結果として競合を凌駕するモデルを作り出す原動力になったとも言われています。
これは技術競争の観点から見ると非常に興味深い事例です。規制が技術力を削ぐどころか、逆に革新を促進する皮肉な結果にもなりかねないことを示しています。
4-3. DeepSeekとNVIDIAの「微妙な距離感」
DeepSeekが完全にNVIDIAの技術を使わないわけではなく、事実としてH800やH20チップを活用しています。
ただし、DeepSeekは自社の技術力をフルに活用して「より少ないGPU」で「より高い性能」を追求する戦略を取っており、結果的に高価な最新チップの大量購入は必須にはなっていないようです。
DeepSeekの創業者であるLiang Wenfeng氏が率いるヘッジファンドHigh-Flyerは、初期にはNVIDIAチップの購入に利益を投じていましたが、輸出規制の強化後はH100を入手できず、代替であるH800中心の構成に切り替えました。
いわば「制限された環境下でどれだけ最大パフォーマンスを出せるか」を追求しているのがDeepSeekの立ち位置とも言えます。
5. DeepSeekのシステム構築戦略:効率化とオープンソースがカギ
DeepSeekの成功を支えているのは、以下のようなシステム構築戦略です。
5-1. リソースの効率的活用
- 軽量化と適応学習率
モデルのサイズと計算量を抑えながらも高性能を維持するために、パラメータやハイパーパラメータの調整に非常に細かい工夫をしています。 - タスク特化型最適化モジュール
コーディングや数学、推論など特定の用途に合わせてモジュールを追加し、不要な計算を削減。
5-2. マルチドメイン適応性
- モジュール式ニューラルネットワークと転移学習
一度学習した内容を他のタスクやドメインへ素早く転用できるため、医療や自動運転、翻訳など幅広い分野に応用可能です。 - 多用途ロケットのような再利用性
基礎モデルは共通化し、領域ごとの専門モジュールを組み合わせることで新タスクにスムーズに適応。
5-3. AIの解釈可能性と信頼性確保
- 意思決定プロセスの可視化
DeepSeekは「解釈可能性」「説明可能性」を重視しており、ブラックボックス化を防ぐ工夫を盛り込み、規制当局やユーザーの信頼を得やすい仕組みを構築。 - デバッグコストの削減
判断根拠が透明化されているためエラー箇所が特定しやすく、開発サイクルの高速化につながります。
5-4. オープンソースとデータ収集
- DeepSeek-R1-Zero
「純粋な強化学習」でトレーニングされた初のモデルで、教師ありファインチューニングなしでも高い性能を発揮。 - データの重複排除・フィルタリング・リミックス
大量のデータを効率的に整理し、品質を高めるノウハウが蓄積されています。
5-5. 人材重視とルーチンタスクの自動化
- 実務経験よりも技術力
先端技術を深く理解し、問題解決力の高い人材を若手・新卒から積極登用。 - ルーチンタスクの自動化
コード生成やデバッグを自動化し、開発者はより創造的な作業に集中できる環境を作る。
6. DeepSeekの成果指標と他社との協業
DeepSeekはプロジェクトの成功率、期限内完了率、予算内完了率、特許取得率、新製品・サービス化率など、複数の指標を用いて研究開発の進捗を管理しています。以下は一例です。
Metric | Value |
---|---|
プロジェクト成功率 | 85% |
期限内完了率 | 70% |
予算内完了率 | 90% |
特許取得率 | 60% |
新製品・サービス化率 | 75% |
このように、堅調な成果指標を維持しながら研究開発を進めている点も注目に値します。
また、DeepSeekはNVIDIA以外の企業との協業にも積極的です。たとえば、中国IT大手のAlibabaはKai-Fu Lee氏の01.AIと提携し、「産業用大規模モデル研究所」を設立するなど、AI開発のリソース共有を進めています。
DeepSeekのオープンソース戦略と相性が良い企業や研究機関が多く集まれば、さらなるイノベーションが期待できるでしょう。
7. DeepSeekの今後の展望:課題と可能性
7-1. 多言語対応とプロンプト感度
DeepSeekは主に中国語と中国文化への深い理解を強みにしており、中国語圏向けの自然言語処理においては飛躍的な精度を発揮します。ただし、多言語対応やプロンプト感度の向上については依然として課題が残っています。
英語やその他の言語、あるいはユーザーが多様な形式で指示(プロンプト)を与えた場合にスムーズに対応できるよう、さらなる研究が進められています。
7-2. ソフトウェアエンジニアリングとスケーリング
DeepSeekはコーディング支援に強みを持ち、今後はソフトウェアエンジニアリング分野でのスケーリングを狙っているといいます。
具体的には、推論速度の向上やドメイン特化データを増やすことでより高度なプログラミング支援、あるいは大規模システム開発の自動化を可能にしようとしているのです。
7-3. 蒸留技術とリソース制約への対応
大規模言語モデルは性能が高い反面、メモリや計算リソースを大量に消費する課題があります。DeepSeekは小規模なモデルを作成する「蒸留」技術を重視し、リソース制約のある環境でも利用可能なモデル開発に力を入れています。
特にRL(強化学習)を蒸留パイプラインに組み込むなど、新たな試みによってユーザビリティを高める計画です。
7-4. アラインメント研究と安全性
大規模言語モデルは高い汎用性を持つ一方で、有害なコンテンツ生成や情報のバイアスなどの問題が議論されています。
DeepSeekはアラインメント研究を強化し、ユーザーフィードバックを得るための報酬モデルの改良や安全性テストを実施。こうした取り組みは、社会的に受け入れられやすいAIを開発するために不可欠です。
8. 米中技術競争の文脈で見るDeepSeek
8-1. 規制が生んだイノベーション
米中対立が激化し、高性能チップの輸出規制によって中国のAI開発は停滞するとの見方もありました。しかしDeepSeekのような企業が台頭し、少ない資源でも最先端レベルのモデルを開発できることを証明。
これは「規制がイノベーションを阻むどころか、逆に新技術の開発を促す副作用がある」という興味深い事例として注目されています。
8-2. NVIDIAへの影響
NVIDIAは圧倒的な技術力とCUDAエコシステムでAI市場をリードしています。たとえば、スマートフォン業界でAppleが持つブランド力やエコシステムのように、すぐにNVIDIAの優位が崩れることはないでしょう。
しかし、DeepSeekのように「低コストで高性能」を追求する企業が増えれば、市場全体の価格競争は避けられません。今後、NVIDIAがどのような戦略で中国市場やグローバル市場に向き合うかが大きな注目点です。
9. まとめ:DeepSeekが示す新時代のAIのかたち
DeepSeekは、中国のヘッジファンドHigh-Flyerを母体に設立され、オープンソースや独自の効率化技術を武器に急成長しているAI企業です。
NVIDIAのH800チップなどを使用しながらも、あまり大量購入せずに高性能モデルを作り上げる技術力は驚嘆に値します。米国の輸出規制が中国のAI開発を妨げるどころか、新たなアイデアや効率化を加速させる結果となっているのは皮肉な現象と言えるでしょう。
DeepSeekの躍進には以下のようなポイントが挙げられます。
- オープンソースへの積極的な取り組み
世界中の開発者コミュニティを巻き込みながら、開発スピードを加速。 - 人材重視の採用戦略
実務経験ではなく技術的スキルを最重要視し、新卒・若手を積極採用して多様なアイデアを吸収。 - 効率化技術の積極採用
MoEやMLA、MTPなど高度なアーキテクチャや学習手法を取り入れ、限られたGPUで高性能を実現。 - 半導体規制へのユニークな対応
H100が入手困難な中でH800やH20を活用し、新たな高効率トレーニング戦略を構築。
今後、DeepSeekはさらに多言語対応やプロンプト感度の向上、ソフトウェア開発支援の強化などを進め、AI技術の民主化に大きく貢献することが期待されます。
また、アラインメント研究への投資や小規模モデルへの蒸留技術の発展によって、安全かつ使いやすいAIモデルの提供にも注力していくでしょう。
AI開発の世界では、これまで「大企業や膨大なリソースを持つ組織でなければ最先端に追いつけない」と思われていました。
しかし、DeepSeekは少数の開発者や限られたGPU資源でもイノベーションを起こせることを証明し、AI業界の固定観念を変えつつあります。「制限こそが新たな発明の源泉になる」という、技術史を通じて繰り返し見られる原則を、DeepSeekはまさに体現しているのです。
本記事では、DeepSeekの企業背景やAIモデルの技術概要、半導体規制との関係性、将来の展望などを初心者の方にもわかりやすくまとめました。今後ますます注目が高まるAI業界において、DeepSeekの存在は大きな刺激を与え続けることでしょう。
彼らが描く「より効率的で、誰もが手にできるAI」というビジョンは、世界中のAI開発コミュニティにとっての希望といえるかもしれません。