ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の運用において、「フォロワー数」や「いいね」の数は、最も分かりやすく、注目を集めやすい指標です。多くの運用担当者が、これらの数値の増減に日々関心を寄せていることでしょう。
しかし、一つの投稿が「バズる(爆発的に拡散される)」ことや、フォロワー数が単に多いという事実が、そのままビジネスの成功を意味するとは限りません。むしろ、これらの「見えやすい指標」に固執するあまり、SNS運用が本来持つべきビジネス上の目的を見失っているケースが散見されます。
本記事では、一過性の注目を集めることの危険性と、ビジネスの持続的な成長に貢献するための、本質的なSNSのゴール設定、すなわちKPI(重要業績評価指標)の策定方法について具体的に解説します。
なぜ「バズ」やフォロワー数だけでは不十分なのか
多くの企業がSNS運用に取り組む中で、投稿の「バズ」やフォロワー数の増加を主要な目標に掲げがちです。これらの指標は達成感が得やすく、活動の成果として社内的に報告しやすい側面も持っています。
しかし、これらの数値がビジネスの最終的な成果、例えば売上や利益の向上にどれほど貢献しているかを問われると、明確に答えられない場合も少なくありません。
ここでは、なぜこれらの表面的な指標だけを追い求めることが不十分であるのか、その理由を掘り下げます。
見せかけの指標(虚栄の指標)がもたらす誤解
フォロワー数や「いいね」の数は、「虚栄の指標(Vanity Metrics)」と呼ばれることがあります。これらは、数値自体は見栄えが良いものの、実際のビジネス成果との関連性が低い、あるいは測定困難な指標を指します。
例えば、フォロワー数が10万人いたとしても、その大半が自社の製品やサービスに関心のない層であったり、アクティブでないアカウントであったりした場合、その数値にどれほどの意味があるでしょうか。
同様に、一時的に「バズった」投稿が獲得した「いいね」も、それが製品の購入やサービスの契約に結びつかなければ、単なる自己満足に終わってしまう可能性があります。
これらの指標は、運用が順調であるかのような誤解を生みやすく、本質的な課題から目をそらさせる危険性をはらんでいます。
SNS運用とビジネス目的の乖離
SNS運用の目的が曖昧なまま、「とにかくフォロワーを増やす」こと自体が目的化してしまうと、ビジネス全体の戦略との間に深刻な乖離が生じます。
企業がSNSを活用する本来の理由は、ブランドの認知度向上、潜在顧客の獲得、既存顧客との関係性強化、あるいは直接的な売上向上など、具体的なビジネス目標を達成するためのはずです。
しかし、フォロワー数という中間指標の追求に終始すると、例えばプレゼントキャンペーンの多用によって、製品自体には興味のない「キャンペーンハンター」ばかりを集めてしまうといった事態を招きかねません。
これでは、リソースを投下してSNSを運用しても、ビジネスの成長には寄与しないという本末転倒な結果になります。
一過性の成功が持続しない理由
一つの投稿がバズることは、短期的には大きな注目を集め、認知度を飛躍的に高める効果が期待できます。しかし、その成功は多くの場合、一過性のものであり、持続的な成果には結びつきにくいという特性があります。
バズは、トレンドや偶然性など、コントロールが難しい外部要因に左右される部分が大きいため、意図的に再現し続けることは極めて困難です。
また、バズによって集まった人々の関心は、その特定の投稿内容に向けられたものであり、必ずしも発信元である企業やブランド自体への継続的な関心に繋がるとは限りません。
持続的なビジネス成果を求めるならば、瞬間的な熱狂ではなく、長期的な視点に立った戦略的なアプローチが不可欠です。
SNS運用の「本当のゴール」とは何か
表面的な数値の追求が不十分であるとすれば、SNS運用において目指すべき「本当のゴール」とは具体的に何でしょうか。
それは、SNSというチャネルを通じて、企業の全体的なビジネス目標の達成にどのように貢献するかを明確に定義することに他なりません。
SNS運用は、それ自体が目的ではなく、あくまでビジネス戦略の一部として機能すべきです。ここでは、本質的なゴールを設定するための基本的な考え方について解説します。
ビジネスの最終目的(KGI)から逆算する
SNS運用のゴール設定は、常にビジネス全体の最終目的、すなわちKGI(重要目標達成指標)から逆算して考える必要があります。
KGIとは、例えば「年間売上高◯億円達成」「新規顧客獲得数◯件」「顧客単価◯%向上」といった、企業活動の最終的な目標を示す指標です。
SNS運用は、このKGIを達成するために、どのような役割を担うのかを明確に定義することから始まります。
KGIが「新規顧客獲得数」であれば、SNSのゴールは「質の高いリード(見込み客)を◯件創出する」といった形になります。
このKGIとの連動こそが、SNS運用を単なる情報発信から戦略的なマーケティング活動へと昇華させる鍵となります。
SNSが担うべき役割の明確化
ビジネスの最終目的(KGI)を達成するプロセスにおいて、SNSがどの段階で貢献するのか、その役割を明確に定義することが重要です。
マーケティング活動は一般的に、認知、興味・関心、比較・検討、購入、そして購入後の関係維持(ロイヤリティ向上)といったプロセス(カスタマージャーニー)で捉えられます。
SNSは、これらの各段階で異なる役割を果たすことができます。例えば、新製品の認知度を広げる役割、製品への理解を深め興味を引く役割、顧客とのコミュニケーションを通じて信頼関係を築く役割、あるいはECサイトへ誘導して購入を促す役割などです。
自社のビジネスモデルやターゲット層の特性を踏まえ、SNSにどの役割を重点的に担わせるのかを決定することが、ゴール設定の第一歩となります。
ゴール設定の具体例
SNSが担うべき役割が明確になれば、ゴールはより具体的に設定できます。以下に、一般的なビジネス目的と、それに対応するSNS運用のゴール設定の例を示します。
- ビジネス目的:ブランド認知度の向上
- SNSのゴール:ターゲット層におけるブランド名の浸透、または特定のメッセージの到達
- ビジネス目的:リード(見込み客)の獲得
- SNSのゴール:自社サイトへの送客数増加、またはウェビナーや資料請求への申込数獲得
- ビジネス目的:顧客ロイヤリティの向上
- SNSのゴール:既存顧客とのエンゲージメント(反応や交流)強化、またはコミュニティの活性化
- ビジネス目的:直接的な売上の向上
- SNSのゴール:SNS経由でのECサイトへの流入数増加、またはコンバージョン(購入)数の最大化
このように、ゴールは抽象的なものではなく、測定可能で具体的な内容であることが求められます。
ビジネス成果に繋がるKPIの設定方法
SNS運用の「本当のゴール」が設定できたら、次はそのゴールの達成度合いを測るための具体的な指標、すなわちKPI(重要業績評価指標)を策定する必要があります。
KPIは、日々の運用活動が正しくゴールに向かっているかを示す羅針盤の役割を果たします。ここでは、虚栄の指標に惑わされず、ビジネス成果に直結するKPIを設定するための実践的な方法論を解説します。
KPI(重要業績評価指標)の基本的な考え方
KPIは、設定したゴール(KGIから逆算された中間目標)がどの程度達成されているかを定量的に測定するための指標です。重要なのは、KPIが最終的なゴールと明確な因果関係を持っていることです。
例えば、ゴールが「リード獲得」であるにもかかわらず、KPIを「いいね」の数に設定してしまうと、両者の関連性が低いため、仮に「いいね」が増えてもリード獲得に繋がらないという事態が発生します。
KPIは、その数値が改善すれば、設定したゴール(ひいてはKGI)の達成に近づくという関係性が担保されていなければなりません。
目的に合わせたKPIの選定
先に明確化したSNSの役割(認知、興味、送客など)に応じて、追うべきKPIは異なります。フォロワー数や「いいね」の数も、目的次第ではKPIの一部になり得ますが、それ単体で評価することは避けるべきです。
- 役割:認知拡大
- KPI例:リーチ数(投稿がどれだけの人に表示されたか)、インプレッション数(表示回数)、ブランド名での指名検索数(SNS投稿との相関)
- 役割:興味・関心の促進、関係構築
- KPI例:エンゲージメント率(リーチ数に対してどれだけの反応があったか)、コメント数、シェア数、保存数、プロフィールへのアクセス数
- 役割:比較・検討、送客
- KPI例:リンクのクリック数(CTR)、ランディングページへの遷移数、ウェブサイト滞在時間
- 役割:コンバージョン(購入・申込)
- KPI例:コンバージョン数(CV数)、コンバージョン率(CVR)、SNS経由の売上高
これらのKPIを適切に組み合わせ、自社のゴール達成に最も寄与する指標を監視することが重要です。
避けるべきKPI設定と、追うべきKPI設定
避けるべきは、前述した「虚栄の指標」のみをKPIとして設定することです。フォロワー数や「いいね」の数は、あくまで認知やエンゲージメントの一側面を示すデータに過ぎません。
これらが増加しても、ターゲット層に届いていなければ意味がなく、あるいはエンゲージメントの質が低ければ(例:批判的なコメントが多いなど)逆効果ですらあります。
追うべきは、「ビジネスの成果に繋がる行動」がどれだけ誘発されたかを示す指標です。
例えば、フォロワー数そのものよりも「ターゲット層のフォロワー増加率」、あるいは「いいね」の数よりも「投稿からウェブサイトへの遷移率(CTR)」や「遷移後のコンバージョン率(CVR)」の方が、ビジネスへの貢献度をはるかに正確に示しています。
KPIを用いた具体的な運用改善プロセス
KPIは、設定して終わりではありません。むしろ、設定したKPIを定期的に測定し、その結果に基づいて運用を改善していくプロセスこそが、SNS運用を成功に導く核心部分です。
データに基づかない勘や感覚に頼った運用は、リソースの浪費につながりかねません。ここでは、KPIを軸にした具体的な運用改善のサイクルについて説明します。
データの収集と分析の重要性
設定したKPIを正確に把握するためには、各SNSプラットフォームが提供する分析機能(インサイト)や、外部のSNS分析ツール、ウェブ解析ツール(Google Analyticsなど)を活用して、データを定期的に収集する必要があります。
収集したデータは、単に数値を眺めるだけでなく、分析することが不可欠です。
「なぜこの投稿のクリック率は高かったのか」「どの時間帯の投稿がエンゲージメントを獲得しやすいのか」「フォロワーはどのような情報に関心を持っているのか」といった問いを立て、仮説を構築します。
この分析こそが、次の行動を決定するための重要なインプットとなります。
PDCAサイクル:測定、評価、改善の実行
SNS運用における改善は、計画(Plan)、実行(Do)、評価(Check)、改善(Act)のPDCAサイクルを通じて行われます。
- Plan(計画):設定したKPIに基づき、投稿内容、投稿頻度、クリエイティブ(画像や動画)、ハッシュタグ戦略などを計画します。
- Do(実行):計画に基づいて投稿を実行します。
- Check(評価):実行した結果、KPIの数値がどう変動したかを測定・分析します。目標値に達しているか、どの施策が有効だったかを評価します。
- Act(改善):評価結果に基づき、次なる計画の改善点を見出します。成果が出た要因は継続・発展させ、成果が出なかった要因は修正または中止を検討します。
このサイクルを地道に回し続けることが、SNS運用の精度を高め、ゴール達成への確実な歩みとなります。
長期的な視点でSNS運用を成功させるために
SNS運用は、短期的な成果を追求するキャンペーン活動とは異なります。一過性のバズに頼るのではなく、持続的なビジネス成果を生み出すためには、長期的な視点に立った取り組みが不可欠です。
最後に、SNS運用を長期的に成功させるために必要な姿勢について触れます。
短期的な成果に惑わされない姿勢
KPIを設定すると、日々の数値変動が気になり、短期的な成果を求めてしまいがちです。しかし、特にブランドの構築や顧客との信頼関係の醸成といった目標は、達成までに時間を要します。
目先の「いいね」の数やフォロワーの増減に一喜一憂するのではなく、設定した本質的なKPIが長期的なトレンドとして向上しているかに焦点を当てることが重要。
戦略に一貫性を持ち、忍耐強く運用を継続する姿勢が求められるでしょう。
ターゲットオーディエンスとの継続的な関係構築
SNSの本質は、一方的な情報発信ではなく、双方向のコミュニケーションにあります。
バズを狙った派手な投稿よりも、ターゲットオーディエンス(顧客や見込み客)にとって真に価値のある情報を地道に提供し続けることが、最終的には強固な信頼関係(エンゲージメント)に繋がります。
コメントやメッセージへの丁寧な対応、ユーザーが参加できる企画の実施などを通じて、単なるフォロワーではなく「ファン」を育成する意識が、長期的な資産となります。
変化するプラットフォーム特性への適応
SNSのトレンドやアルゴリズム、機能は日々急速に変化しています。昨日まで有効だった手法が、今日には通用しなくなることも珍しくありません。
設定したゴールやKPIは固定的なものと捉えず、市場環境やプラットフォームの変化、そして自社のビジネス戦略の変更に応じて、柔軟に見直していく必要があります。
常に最新の情報を収集し、運用方法をアップデートし続ける適応力こそが、長期的な成功を支える基盤となります。
まとめ
SNS運用において、たった一つの投稿がバズることや、フォロワー数が多いこと自体は、決して悪いことではありません。
しかし、それがビジネスの最終的な目的に結びついていなければ、その労力は報われないものとなってしまいます。
重要なのは、フォロワー数や「いいね」といった「虚栄の指標」に惑わされることなく、自社のビジネス課題が何であり、その解決のためにSNSにどのような役割を期待するのかを明確に定義することです。
そして、そのゴール(KGI)から逆算した本質的なKPIを設定し、日々の運用データを分析しながらPDCAサイクルを回し続けること。
この地道なプロセスこそが、一過性の成功に終わらない、持続可能なビジネス成果を生み出すSNS運用の王道と言えます。
本記事を参考に、ぜひ一度、自社のSNS運用の「本当のゴール」とKPI設定を見直してみてはいかがでしょうか。

