「投資」という言葉を聞いて、あなたの胸にはどんな感情が浮かびますか?
大きな利益を得るチャンスへの期待でしょうか。それとも、大切な資産を失うかもしれないという漠然とした不安でしょうか。
インターネットや書店には成功者の華やかなストーリーが溢れる一方で、失敗のリスクを煽る声も少なくありません。この混沌とした情報の中で、多くの人が一歩を踏み出せずにいる、あるいは誤った一歩を踏み出してしまう現実があります。
しかし、もし、投資の世界に古くから伝わる、あなたの資産を嵐から守る羅針盤のような鉄則があるとしたら、知りたくはありませんか?
それが、今回お話しする「リスク分散」の考え方です。あなたがこれから資産形成という長い航海へ乗り出すにあたり、荒波を乗り越え、着実に目的地へと進むための知恵をお伝えするものです。
そもそも投資における「リスク」とは何か?
多くの人が「リスク」という言葉を「危険」や「損失の可能性」とほぼ同じ意味で捉えているのではないでしょうか。しかし、投資の世界における「リスク」は、もう少し広い意味を持っています。
それは「不確実性」、つまり将来の値動きがどれだけ変動するか、その振れ幅の大きさを指す言葉なのです。たとえば、明日には価値が2倍になるかもしれないし、半分になるかもしれない金融商品は「リスクが高い」と表現されます。
一方で、価値の変動が穏やかで、将来の価格がある程度予測できるものは「リスクが低い」とされます。大切なのは、リスクとリターンは表裏一体の関係にあるということです。
一般的に、大きなリターンを期待できるものはリスクも高く、リスクが低いものはリターンも限定的になります。この本質を理解せず、「リスク=悪」と決めつけて避けてしまうと、インフレなどによって資産価値が目減りしていく「別のリスク」から目を背けることになりかねません。
投資の第一歩は、リスクを正しく恐れ、その性質を理解することから始まるのです。
投資の鉄則「卵は一つのカゴに盛るな」とは?
この言葉は、あなたも一度は耳にしたことがあるかもしれません。投資の世界では古くから語り継がれてきた、リスク分散の本質を実に巧みに表現した格言です。
「もし、持っている全ての卵を一つのカゴに入れて運んでいたら、そのカゴを落とした時に全ての卵が割れてしまうかもしれない。しかし、複数のカゴに分けて運んでいれば、一つのカゴを落としても他のカゴの卵は無事である」という意味です。
これを投資に置き換えてみましょう。あなたの全財産を、将来有望だと信じる一つの会社の株式に投じたとします。もしその会社の業績が順調に伸びれば、あなたの資産は大きく増えるでしょう。
しかし、予期せぬ不祥事や経営環境の変化で株価が暴落したらどうなるでしょうか。想像するだけでも恐ろしい事態です。この格言が教えてくれるのは、未来は誰にも予測できないという謙虚な事実と、その不確実性に対して私たちが取りうる最も賢明な備えは何か、ということです。
それは、自分の大切な資産を一つの場所に集中させるのではなく、性質の異なる複数の場所に分けて配置すること。これこそが、リスク分散の基本的な考え方であり、時代を超えて受け継がれる普遍的な知恵なのです。
リスク分散の具体的な3つの方法
「卵を複数のカゴに分ける」という考え方は理解できても、具体的にどうすれば良いのか、迷ってしまうかもしれません。投資におけるリスク分散には、大きく分けて3つの基本的なアプローチが存在します。
これらはそれぞれ独立しているようでいて、実は相互に補完し合う関係にあります。一つだけを実践するのではなく、これらを組み合わせることで、あなたの資産を守る力はより強固なものになります。
ここでは、その3つの具体的な方法、「資産の分散」「地域の分散」「時間の分散」について、一つひとつ丁寧に解き明かしていきます。
資産の分散(アセット・アロケーション)
まず最も基本的かつ重要なのが、投資対象となる「資産(アセット)」そのものを複数に分けるという考え方です。世の中には様々な金融資産がありますが、それぞれが異なる値動きの特性を持っています。
例えば、景気が良い時には企業の業績が伸び、株価は上昇しやすい傾向があります。一方で、景気が悪くなると、企業活動は停滞し株価は下落しがちですが、比較的安全とされる国債などが買われ、価格が安定、あるいは上昇することがあります。
このように、一方の資産が値下がりする局面で、もう一方の資産が値上がりしたり、あるいは値下がり幅が小さかったりする関係性を利用するのが「資産の分散」です。
具体的には、株式、債券、不動産(REIT)、金(コモディティ)など、異なる種類の資産を組み合わせて保有します。この資産の組み合わせの比率を考えることを「アセット・アロケーション(資産配分)」と呼び、長期的な投資の成否の大部分は、この配分によって決まると言われるほど重要なプロセスです。
地域の分散(国際分散投資)
次に考えるべきは、投資する「地域」を分けることです。私たちは日本に住んでいるため、どうしても日本の企業の株式や日本の債券といった国内資産に目が向きがちです。
しかし、一つの国の経済だけに資産を集中させることは、その国の景気や政治情勢、あるいは自然災害といった、国特有のリスク(カントリーリスク)を直接的に受けることを意味します。
例えば、日本の景気が停滞している時期でも、地球の裏側にある国が著しい経済成長を遂げていることは珍しくありません。
投資の対象を日本国内だけでなく、経済成長が期待される米国や欧州、アジアなどの先進国や新興国にも広げることで、特定の国で何か問題が起きたとしても、他の国の成長がその影響を和らげてくれる効果が期待できます。
これが「地域の分散」、すなわち「国際分散投資」です。為替レートの変動という新たなリスク要因は加わりますが、それを補って余りあるほど、長期的な資産の安定化に貢献してくれる考え方です。
時間の分散(ドルコスト平均法)
最後に紹介するのが、投資する「時間」を分けるというアプローチです。多くの初心者が失敗する原因の一つに、価格が安いタイミングを狙って一度に大きな金額を投じようとする「タイミング投資」の難しさがあります。
相場の底や天井を正確に予測することは、プロの投資家でも極めて困難です。そこで有効になるのが、購入するタイミングを複数回に分ける「時間の分散」です。
その代表的な手法が「ドルコスト平均法」と呼ばれるもので、これは毎月1日になど、あらかじめ決めたタイミングで、決まった金額分の金融商品を定期的に買い続ける方法です。この方法を用いると、価格が高い時には少なく、価格が安い時には多く購入することになるため、結果的に平均購入単価を平準化させる効果があります。
感情に左右されず機械的に投資を続けられ、高値掴みのリスクを低減できるため、特に長期的な資産形成を目指す個人投資家にとって、非常に強力な味方となる手法です。
あなただけの「ポートフォリオ」を構築する第一歩
これまでお話ししてきた「資産の分散」「地域の分散」といった考え方に基づき、具体的にどのような資産をどれくらいの割合で組み合わせるかを示したものが「ポートフォリオ」です。
これは、あなたの投資全体の設計図とも言える非常に重要なものです。しかし、誰にとっても完璧な「正解のポートフォリオ」というものは存在しません。なぜなら、最適なポートフォリオは、その人の年齢、収入、家族構成、そして何より「どの程度のリスクなら受け入れられるか(リスク許容度)」や「何のために、いつまでに資産を形成したいのか(投資目標)」によって大きく異なるからです。
例えば、20代の独身で、長期的な視点で積極的に資産を増やしたい人と、定年退職を間近に控え、これまでの資産を安定的に運用したい人とでは、取るべき戦略が全く違うのは当然でしょう。
まずは、自分がどのような目的で投資を行うのか、そしてどの程度の価格変動までなら精神的に耐えられるのかを、じっくりと自問自答することから始めてみてください。
リスク分散を実践する上での注意点
リスク分散は、投資における非常に強力な原則ですが、決して万能の魔法ではありません。その効果を最大限に引き出すためには、いくつか心に留めておくべき注意点があります。
まず一つは、過度な分散は必ずしも良い結果を生まないということです。あまりにも多くの金融商品を少しずつ保有すると、全体の管理が煩雑になるだけでなく、一つひとつの値上がりによる利益が小さくなり、かえって効率が悪くなる可能性があります。
また、分散を意識するあまり、手数料の高い商品ばかりを選んでしまうと、せっかくの利益がコストによって削られてしまいます。そして最も大切なのは、一度ポートフォリオを組んだらそれで終わりではない、ということです。時間の経過とともに資産の価格は変動し、当初決めた最適なバランスは崩れていきます。
定期的にポートフォリオの状態を確認し、元のバランスに戻す作業(リバランス)を行うことで、リスクをコントロールし続けることができるのです。
まとめ
投資の世界は、時に複雑で、人を惑わせる情報に満ちています。しかし、その中心には、常に変わらないシンプルな原則が存在します。
それが「リスク分散」です。「卵は一つのカゴに盛るな」という古くからの知恵は、予測不可能な未来に立ち向かうための、最も信頼できる戦略です。
資産を分け、地域を分け、そして時間を分けること。この3つの分散を組み合わせることで、あなたは市場の短期的な変動に一喜一憂することなく、長期的な視点でどっしりと構え、着実に資産を育てていくことができるようになります。
リスク分散は、単に損失を避けるための守りの戦略ではありません。それは、安心して投資を継続し、複利の力を最大限に活用するための、最も効果的な攻めの戦略でもあるのです。